日本における孔版画の歩み

版画コース講師 谷山です。
 今回は版画の中でも孔版(〜シルクスクリーンに至る)に焦点を絞り、その成り立ちについて、簡単なメモに私見を交えたものを記したいと思います。放っておいたメモ書きを基にしているので、年代や内容が前後している部分もあることをご容赦下さい。

 

 ステンシルは、すべてのグラフィック表現のうち、最古の表現のひとつといわれていますが、紀元前3万年に岸壁に手をおき、葦のストローで色土を吹き付けた(スタンピング)オート・ピレリーのガルガ洞窟の“グラフィック”が、人類最古の版画という説もあります。このような手形は、フランスのペシュメルル洞窟やラスコー洞窟にも見られますが、オーストラリアの原住民アボリジニの洞窟にも見られます。ユネスコの世界遺産にも指定されている南米のアルゼンチンからチリに跨がるパタゴニア地方に残る、リオ・ピントゥラスの手の洞窟(グェバ・デ・ラス・マノス)でも先住民テウェルチェによって、骨製のパイプによって顔料を吹き付けた2万年前から現在に至る手形が残されています。西洋では、型抜きによるステンシル印刷が、ギリシャ時代から伝わっています。(また、すでに2000年以上も前に、インドでは、インド印花布を染める古いテラコッタ[陶型]が存在しています。)

(図:ガルガ洞窟壁画(出典 https://en.wikipedia.org/wiki/Cueva_de_las_Manos))

 スクリーン・プリントは、16世紀後半、フィジー諸島で虫食いのあるバナナの葉に野草の様々な色の汁を押し付けて、木皮の裏側に模様を染めていたのが、型紙による印刷の最初といわれることもありますが、日本でも型紙の産地として有名な伊勢の白子では、平安時代(延暦728〜805)最も古い伝承として「形売共年暦扣帳」にあり、また「不断桜の虫食い葉」というフィジーと同様の話が残っています。

 直接摺る「刷り込み型」と、糊置きによって防染する「型染め」があります。「刷り込み型」は染め革で用いられました。革に型をおいて、足で踏み平面として文様を染める「踏込型」や型を置いて燻す「ふすべ型」は、皮革一般の染めに広く用いられ、奈良時代の作例として東大寺の葡萄唐草文染革をはじめ、大鎧の胴など鹿革を用いた甲冑や手袋など各時代を通じて作例があります。

 実際、唐代(7〜10世紀)の銷金(しょうきん)[模様に金箔を散らす:金属を溶かす]は一枚型紙を用い、わが国の正倉院にも、一枚型紙による木型印花の摺布が現存(731年に染紙の記述が正倉院文書のなかにある)しています。

(図:葡萄唐草文染革 東大寺(出典 http://narabungei.blog4.fc2.com/blog-entry-118.html?sp))

 14世紀の明の時代に、中国の福建省福州から琉球王国に「色型付」の技法が伝わったとされています。これは、中国に伝わる古い絵画の技法で、日本では「倭絵」といわれる平安時代(10世紀頃)の絵画に共通したものがあります。何れにせよ、捺染(なっせん)技術が発達したのは、中国、日本、沖縄(琉球)であると言われています。15世紀中期、室町時代に明、日本、琉球と、型紙による模様染めが伝わったという説が有力とされています。琉球紅型は、17世紀後半に確立しました。江戸時代、元禄期(1688〜1704)に、宮崎友禅斎により確立され、明治期、平瀬治助により型友禅として発展。1628年には南部藩(岩手県)御用の染師、蛭子屋三右エ門により南部古代型が考案したとされています。

(図:古琉球紅型(出典 http://sky.geocities.jp/tsunai720/joinus.htm))

 初期の型染は、一説によると、桑の樹皮で作った紙に漆か柿渋をひいた型紙を抜き、その型の離脱を防ぐため、木枠に張った馬のタテガミやシッポの毛の網(スクリーン)に糊で固定します。これをもう一枚の同じ型紙で裏打ちして、この貼り合わせた版を通して刷毛で捺染するのです。紅型の場合も、同じように型の浮き・離脱を防ぐため、細かいシルクの網を木枠に張り渡して「釣型」とし、捺染しました。ともかくも、型の離脱を防ぐ馬の毛やシルクのスクリーンを型紙に貼る「糸入れ」の技術が、日本、沖縄の型紙染のコツであって、幕末、ペリー来航(1854)の前後には、この糸入型紙、つまり、スクリーンを使う捺染法は、イギリス、さらにフランスにも伝えられ、フランスのリヨン地方で使用され始めました。1850年前後に、ロンドンで日本の糸入型紙が公表されています。

 この技法(ジャパニーズ・ステンシルとして知られている捺染法)を、ひとひねりしたバリエーションをマンチェスターで特許として登録したのは、英国人サミエル・シモンで1907年のことでした。彼は、フルイに用いるシルクを枠に、ピンと張ったスクリーンにブロック・アウト法で直接デザインし、刷毛で印刷する技法を開発し、そのスクリーンの製作を登録したのでした。

 狩野吉信(1552〜1640)の「職人尽絵」には型紙職人が描かれています。型紙を使用した絵画表現は、京都の雁金屋という呉服商の次男として生まれた尾形光琳(1658〜1716)の「燕子花(カキツバタ)図屏風」や晩年の代表作である「紅白梅図屏風」の流水部分に用いられ、染料など様々な素材を用いています。

(図:紅白梅図屏風(出典 MOA美術館:http://www.moaart.or.jp/?collections=053))

 1746年「明朝生動画図」大岡春卜(1680〜1763)画の彩色が合羽摺りとなっています。元禄(1688〜1704)の頃、大津の追分あたりで仏像・民間信仰・伝説などを描いて流行した大津絵の彩色には、全てに合羽摺りがみられ、初期の浮世絵にも多くみられます。その他、江戸時代末期の長崎絵なども合羽摺りです。

(図:長崎絵(出典 http://www.yamada-shoten.com/onlinestore/detail.php?item_id=40581))

(図:大和絵(出典 By Tokiwa Mitsunaga - 伴大納言絵詞))

 円山応挙(1733〜1795)は、木版による眼鏡絵も制作しています。伊藤若冲(1716〜1800)の絵画を見ると、「鳥獣花木図屏風」は、機織りの台紙をヒントにしているのでしょう。また、拓版画は有名です。

 19世紀末(1893年シカゴ万博出品)に、エジソンが「ミメオグラフ」(謄写版)の技法を考案しましたが、日本でも1888年ころに、山内不二門により毛筆謄写版が発明されていました。そして、1894年に滋賀県の堀井新治郎父子により国産第一号機の謄写版が発表されます。日本固有の版画技法として、1942年頃から若山八十氏による謄写版をもとに紅型や捺染の技法などを取り入れた、インクを透す丈夫な和紙を使用することによりペーパースクリーン版画を発表。1963年に高知県の山岡茂太郎が、和紙にビスコース加工した版材(多孔質紙)を創案したことにより孔版画として確立させました。 

(図:メミオグラフ(出典 http://yamada.sailog.jp/weblog/2015/01/post-6888.html))

(図:謄写版(出典 https://aucview.aucfan.com/yahoo/h163548916/))

 1960年代といえば、ポップアートの全盛期であり、シルクスクリーンが脚光を浴びてきた時代です。その最中に独自の孔版技法での表現方法を模索していた人たちがいました。

(図:福井良之助(1964)孔版画(出典 https://blog.goo.ne.jp/watashinosato/e/61b821b472a489b3c5b932d94ff58975))

 古来より芸術家達は、表現方法のひとつとして型(版)などを用いて表現していました。日本におけるシルクスクリーンの技法は、逆輸入された形で、プリント生地などで発展して来ていますが、このような歴史的な背景があり日本の版画芸術は(特に浮世絵などの影響もあり)、日本国内よりも海外での評価が高いのです。

 

 

 まだ、現在(1900〜)の状況を調べるには至っていませんが、こういった流れの中で現在のインクジェットプリンターなどが生まれて来ています。またバンクシーのようなアーティストのステンシルを利用した作品が注目を集めるなか、今後日本の若いアーティスト達が孔版を利用した新しい世界を創り出してくれるのが楽しみです。

(図:バンクシー(出典 https://media.thisisgallery.com/20189688) )

 

 

 

 

 

 

谷山 文衛

谷山 文衛
Profile
‘10 佐伯俊男展に参加(DA-END/PARIS)
‘11 「日本のイメージの多様性」展(USA)
‘12 V Biennale Internazionale Mail Art2012(ITALIA)
‘13 International Mail Art Exhibition at the Akademie der Kunst.Berlin(GERMANY)
‘13 第4回 NBCシルクスクリーン国際版画ビエンナーレ展(美術家連盟画廊/東京他)
‘15 日米美術交流展(金沢湯涌創造の森/石川)
美学出版刊行『戦後関西版画史』の「関西の版画工房」を執筆
大阪芸術大学、京都造形芸術大学元非常勤講師
宝塚造形芸術大学元特別講師
刷り師として国内外有名作家の版画制作に携わる。
Message
ストレスの溜まる現代社会で、
ひとときの精神の解放を共有したいと思っています。
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