「飛び道具」どころかミサイル級のテーマについて

 アートスクールの美術科では生徒さんが毎日制作に励んでいらっしゃいますが、それぞれが独自に課題やテーマを考えて取り組んでおられます。講師からあれを描きなさいこれを描きなさいというように具体的なモチーフやテーマを与えるというよりは生徒さんの描きたいものを描いていただくということがアートスクール美術科の指導方針であり、魅力の一つであると思います。私も講師として指導する立場ですが、生徒さんが一枚一枚作品を完成されるたびに完成の喜びを共感するとともに、次はどんな作品に取り組まれるのか楽しみになります。描き慣れたそれまでの作風とは違う方向性の作品に挑戦される時などは私も一緒にわくわくする興奮を覚えます。

私も学生の頃は何を描くかということに悩みました。人の真似事ではない自分自身の絵画表現とはどんなものなのか試行錯誤しておりました。ある時、何かの雑誌で劇画漫画家の先生のインタビュー記事を読みまして、そこでその先生は、漫画なんていうのは「性と暴力」を描いておけばいいんだというようなことをおっしゃっておられました。その先生がそれまでに様々な作品を描いてこられたベテランの方であったことから、「性と暴力」を描いておけばいいという言葉を私はあえてそのまま額面通りに捉えずに、その漫画家の先生の漫画業界全体に対する自虐も込めた批判というように受け取りました。「性」というのは人間の根幹に関わる欲望ですし、「暴力」というのはネガティブな印象があって好みも分かれるところですが、強い印象を与える要素です。それらを取り入れた漫画が人を惹き付ける作品になるというのはよくわかります。ですが、私にはその漫画家の先生の言葉が、例え作家の能力が足りなくても、それら先天的に人を惹きつける諸要素を取り入れるだけで見る人を惹きつける作品ができる。というように聞こえました。ならばその作家は本来持っている能力以上に下駄を履かせられているということになるのではないでしょうか。

その当時の私はその漫画家の先生の言葉を踏まえて、漫画における「性や暴力」の要素は、絵画においてはどういった要素になるのだろうと考えました。絵描きの能力が低くても、それさえ描いておけば人が惹きつけられるというモチーフやテーマは何か。もちろん、「性と暴力」は漫画だけでなく絵画においても人を惹きつける要素になりますし、実際それらのテーマを取り扱った絵画作品は古今東西枚挙にいとまがありません。

私はそのほかにも「所謂、美しいもの(人、花など)」や「死」「かわいいもの」「物語的なもの」「怖いもの」「面白いもの」など人が本能的に、先天的に惹きつけられるものを色々列挙した上でそれらを一まとめにして「飛び道具」と名付けました。そして自分の作品のモチーフ、テーマとしてそれら「飛び道具」を描かないということを自分の作品のテーマの一つとして課しました。「飛び道具」とは弓やピストルのような遠方を攻撃する武器を意味しますが、戦いの場において卑怯な手段という比喩的な意味合いで使われることもあるようです。若い時というものは純粋なものや絶対なものに極度に忠実であろうとしたり、さらにそこから派生した、自分で作った勝手な行動規範で自分自身をがんじがらめにして、その規範に対しても極度に忠実で馬鹿正直であったり、不利益になることがわかっているにも関わらずそれを通そうとすることがあるかと思います。最近では厨二病というのでしょうか。若い時の私は「飛び道具」を使って自分の本来の能力以上の下駄を履かせられることを潔しとせず、あえて徒手空拳をもって自分自身の作風を創造せんと戦いに挑んだわけです。

そういった、一見すると若さゆえの過ちに見えるような浅慮から生まれた「飛び道具」禁止のテーマですが、それが紆余曲折を経て最終的に今の私の作品にも反映されています。

やや古い作品ですが。どうでしょうか。「飛び道具」禁止は守られているでしょうか?

と、いうような具合ですので、数年前、とあるギャラリーからグループ展のお誘いがあり、「バラ」というテーマをいただいた時には大いに悩みました。バラ‥綺麗やん‥。

悩んだ挙句、なんとか自分の土俵に持ち込み、形にしました。

先日、そのギャラリーから来年度のグループ展のお誘いのお便りが届きました。

さて、今回のテーマはなんでしょうかね‥。

こっ‥これは‥!

これはドえらいテーマをいただきました。「飛び道具」どころかミサイル級の‥。

このテーマはギリシャ神話やプラトンの哲学、フロイトの心理学などにも登場する言葉で、決して卑猥であったり、いやらしい意味合いのみに使われる言葉ではありません。絵画作品のテーマとして深く掘り下げて取り組む価値のある普遍的なテーマだと思います。相手にとって不足はありませんのですぐに参加の意向の返信を送りました。

自分自身に課した「飛び道具」禁止が長く続きましたが、外からテーマを貰うことで自分の表現の幅が広がっていくということを感じます。そろそろこの禁忌を解く時期なのかもしれません。

アートスクールの生徒さんは作品のテーマなどの方向性が定まっている方も多く、皆さんご自身の表現の道を歩んでいらっしゃいますが、たまに外からのテーマやモチーフをもらって制作してみるといろんな発見があって表現の幅が広がるのではないかと思います。

とりあえず私は今、与えられたこのミサイル級のテーマとどうやって戦おうかずっと考えております。ですがこのテーマ三文字を、地下鉄に乗っている時も、学校で教えている時も、絶えず頭の隅に思い浮かべている40代半ばのおっさんは、やっぱりちょっとアレやなと思いますね。

松田 一聡

松田 一聡
Profile
‘01 東京藝術大学大学院油画技法材料研究室修了
‘12 「重力」展(Gallery Suchi)
‘13 アートフェア東京 2013(Gallery Suchi ブース)
‘14 「重力」展(Gallery Suchi)
‘15 「重力」展(Gallery Suchi)
   「写実って何だろう?」(ホキ美術館)
Message
絵画を学ぶにあたって、1つのことに集中することも大切ですが、
いろいろな表現に挑戦することで得られるものもあると思います。
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