マンガコース講師 長野雄志インタビュー

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今回の特集講師インタビューは、マンガコース講師の長野先生に漫画を描くに至るまでに受けた影響、マンガの本質などを語って頂きました。

なぜ漫画を描こうと思ったのか

 最初は描こうと思っていませんでした。
 子供の時から落書きが好きで棒人間に肉を付けたようなものを描いて自己満足をしていました。
 しかし、高校生の間に80~90年代のアニメ、漫画、映画などの影響を受けそれは変わりました。
 個人的な視点ではあるのですが80~90年代の作品というのは芸術的な部分が多かった気がします。
 芸術的というか高尚なテーマを伝えるという説教的な作品ともいえますが、学生の頃はそれを見てもよく分からなかったわけです。
 が、なんかわけわかんないことを言いながらキャラクター達が歩いている、ただ雰囲気をつかむ、それだけで楽しめていました。
 この世界はどうだ!というビジュアル的な面を見るのが好きだったと言えます。
 大学の時、特に影響を受けたのはテレビゲームでした。
 テレビゲーム自体は小学生の時からしていたのですが、時がたつと共にゲーム機の技術は進化し、より世界に没入させていくグラフィックとなっていきました。
 結果としてゲームは自分に動く絵画として影響を強くあたえるようになりました。
 なぜなら現実とは違う、ファンタジーの世界をその中のキャラクターの視点で歩くという、自分の夢をかなえてくれるものだったからです。
 個性ある作品や世界観を強く打ち出したものは日本や海外のゲーム問わずありましたが、ゲーム機の性能向上と共にソフトの開発費が高騰し、安易に個性を打ち出したような作品は少なくなり、家庭用ハードは万人受けするような作品が増えている傾向にあります。
 したがって最近はインディーズのゲームにも手をだしております。
 そのため高校、大学と美術部に入った時も背景を中心に人間を置くという絵ばかり描いていました。

学生時代作品
 ではなぜ漫画になったのか。
 自分が見てきた映像のように自分もまた自分の世界を作り、その中でさまざまなアングルで絵を動かし同一のキャラクターを歩かせたい、そしてそれをより多くの人に見せたいと考えていました。
しかし一人で作りたいという思いがあり、集団で作るアニメや映画ではなく、手軽にできるマンガにしようと思ったわけです。
 またイラストを描くのも好きではあったのですが、毎回似たような構図になってしまい、それを鍛え直す意味でもマンガかな、と思っていました。

初めて描いた漫画

学生時代の漫画

 キャラクターやストーリーが描きたかったわけではなく、そういった意味でマンガ描きとしては裏口から入ったと言えます。

説教から共感へ

 持ち込み時代に編集さんから言われたものの内、印象深いものは、「この話なら日本が舞台のほうがいい」です。
 私が描きたいものは共感が得づらいものなので説教的な作品にどうしても流されがちでした。前に軽く言っていますが、説教型とはキャラクターに読者を共感させることに価値を見出すというより、キャラクターはテーマや主張を教える道具にしていて、テーマあるいはそれを伝えるための絵そのものに価値があるという作りをするものだと考えています。
 では、なぜ説教的なものに引っ張られるかというと、背景の配置にテーマを置きやすいわけです。
 具体的にいいますと例えば支配者を倒す勧善懲悪のテーマに描きたい場合、支配者は空や宇宙といった上層に、虐げれている人々は地下や下層にいるといった絵が決まります。そういったように自分の描きたい世界をテーマに当てはめてしまえば、ある程度自由に作れてしまうのです。
もちろんこういった当てはめるという作業はSFやファンタジーには必要なのかもしれませんが、世界をみせたいという欲からかそういった作業のみでストーリーを構成するという、テーマのみを主張する説教型になっていったといえるのです。
 80~90年代の作品の中には作者のテーマやメッセージが面白ければ、キャラクターに共感させずとも、読み手を引きつけさせるということをしていたものもありました。
 これは前述した世界を見せつける作品にも含まれます。
 またテーマやメッセージを伝えるのに、特にSFやファンタジーならその世界がメッセージを伝える母体であれば、日本であろうとなかろうと問題はなく、また読者もそれを望んでいたのかもしれません。
 しかしながら、00年代以降ネットの普及と共にそうした説教的作品のメッセージと相反するメッセージを簡単にネット上から拾えるようになり、メッセージ単品で読ませることは難しい時代になったと感じます。
 私個人もまた世界がメッセージそのものという説教型の作り方をしていたため、何を自分のマンガに取り入れるべきか考えることとなりました。

過去の漫画

 マンガの本質は共感であるという説があります。
 これはどういうことかというと、読者は主人公や様々なキャラクターたちと同一視をしたい。
 例えばキャラクターたちの喜怒哀楽といった感情に「あぁこういうことあるよね」といった共感することで楽しむということです。
 少女マンガという感情と共感で成り立ったジャンルが100年近くの歴史があることからもその裏付けが出来るかと思います。
 つまり前述した編集さんの日本のほうがいい、というのは日本の方が共感しやすいという意味に取れるということです。
 自分のような説教型SFを描く場合も感情がより動き、共感をさせつつ、ストーリーを構成する必要性が出てきたかと思います。
 ただそういった時代だからこそ説教型が受ける可能性もあり、一概に言えないところがマンガの面白いところでもあり難しいところでもありますね(笑)

画力向上にむけて

 絵が下手でした。
 というより人物が苦手でした。世界を見せるような描き方をしていたが故に背景の上達にくらべ、人物は荒い部分が多くあり、苦手だから描かない、描かないから苦手のままという悪循環に陥ってしまいました。
 前述したようにマンガはやはりキャラクターが命であると思いますのでこれは致命的であったわけです。
 投稿を続けていきなんとか受賞にこぎつけたのですが、その際にも開口一番に人物が下手といわれました。他に無駄な線が多い、キャラクターが背景に埋もれている、などを編集部の方々からも言われました。
 絵とはまったく無縁の大学であったためなかなか億劫ではあったのですが、これはまずいと思い、デッサンや模写などをするようになりました。

人物デッサン

人物ペン入れデッサン

 画力がなくてもマンガの面白さに影響しない場合もよくあるのですが、自分のマンガに画力というのはとても大事なところなんだということを投稿しながら切実に感じていくようになりました。
 努力が実ったか結果として、今では画力があると言っていただけるようになりました。

描いて楽しいと思えるところ

 当初は世界を描くことが楽しいという感じでしたが、そちらが煮詰まりキャラクターへの共感を掘り下げるという作業をしていくうち、キャラクターの感情が動くシーンの演出が楽しいと感じるようになってきました。
 やはりテンポよくドラマが動くにはストーリーや構成の無駄のなさはもちろんですが、無駄のない演出というのも必要かなと思います。それをするには無駄のない絵作り、つまり一枚の絵でキャラの感情を伝える意味のある絵が必要でしょう。
 その絵作りはテーマを世界に当てはめることに似ています。より細かく繊細な作業なのですが、これがきれいに当てはめられると、この漫画を描いて良かったと思えるようになります。

現在の漫画

 漫画をかくというのは難しいです。
 描き始めの時に考えていたものと違いなかなか好きなものを描くことが受け入れられるということが少ないと感じます。だからこそ好きなものをどう商業誌に組み込めるかということを考えるのは面白いことだと思います。そうした中で自分が好きになるものが増えていくのではないか、と考える次第です。
長野 雄志 プロフィール
長野 雄志

Profile 2012年関西学院大学社会学部卒業
アフタヌーン四季賞準入選 審査員特別賞受賞

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